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01

入魂のリズム、若き日の出家宣言

空海が24歳のときに書いた出家宣言書。
この書のなかで空海は、讃岐の国に生まれ、十五歳のときに都にでて学問に励み、十八歳で大学に遊学したという。
ところが半年足らずで「誰も風をつなぎとめることはできないように、私をつなぎとめることはできない」と大学を去ってしまう。入唐前の揮毫としては唯一現存するもの。瑞々しいこの書には、若き空海のかたい覚悟が感じられる。行書を基調とし、真書を交えている。注目すべきは、上質の柳茶紙を使用していることである。

○仕様
 天地283mm×左右531mm
 印刷:高級美術多色刷印刷
 用紙:特漉鳥の子紙(書蹟/タトウ包み)

02

入唐、そして宿縁の邂逅

修行僧となった空海は密教と出会う。
しかし密教には師が必要だった。空海は唐に渡り青龍寺の恵果から授けられたのが不空金剛像。不空は恵果の師。不空が入滅した六月十五日が空海の生まれた日にあたることから、不空の生まれ変わりとも言われる。肖像図に空海は行書で名号を、飛白体で梵名と漢名を書いた。装飾豊かなうねりと振動が美しい。

○仕様
 天地292mm×左右327mm
 印刷:高級美術多色刷印刷
 用紙:特漉鳥の子紙(書蹟/タトウ包み)

03

 

“遍照金剛”の誕生と恵果の夢

東寺には、正統な密教の継承者を描いた真言七祖像が伝わっている。
そのひとつが第二話で登場した不空金剛像。この祖師像を説明するために書かれたのが、真言付法伝である。空海が恵果と出会い、正統な継承者となった経緯なども述べられている。恵果に対する想いが、謹厳実直な楷書で揮毫され、報恩謝徳の念が映しこまれている。

○仕様
 天地255mm×左右547mm
 印刷:高級美術多色刷印刷
 用紙:特漉鳥の子紙(書蹟/タトウ包み)

04

 

一行でも多く、一字でも早くー。研鑽が生んだ美の真骨頂。

恵果は、すべてを継承した空海に「はやく国に帰り奉仕しなさい。天下に密教を伝え、人々の幸福を増やしなさい」と帰朝を促す。
空海は曼荼羅や密教法具の制作にとりかかるかたわら、恵果から伝授相承した膨大な経典類を学び取り、書写した。
これが三十帖冊子である。帰朝への時間が切迫するなかで、一字でも多くと願いながら一心不乱に書写した様子が偲ばれ、その細字は典雅流麗を極める。

○仕様
 天地135mm×左右290mm
 印刷:高級美術多色刷印刷
 用紙:特漉鳥の子紙(書蹟/タトウ包み)

05

一志に貫いて、空海帰国。

空海は留学僧としての滞在期間二十年を待たず、わずか二年足らずで帰朝しようと考えた。
のちに空海は、規則を破ったことに対し「闕期(けっき)罪死してもあまりあらん」と述べている。これは、そのときの帰国申請書の下書きである。死を覚悟した上で書かれたものとも。控文、すなわち下書きであることから、日常の書風を知ることができる。

○仕様
 天地292mm×左右545mm
 印刷:高級美術多色刷印刷
 用紙:特漉鳥の子紙(書蹟/タトウ包み)

06

真言密教来る

帰朝がかなった空海が朝廷に提出した帰国報告書である。
密教の奥義と持ち帰った経典類、法具などの一覧が記されている。官度僧として空海とともに唐に渡り、先に戻っていた天台宗の最澄は、これを読んで驚き、朝廷内はちょっとした密教ブームになる。楷書ながら自然な抑揚があり、空間分割の精緻さ、透徹した文字構造のたしかさは比類がない。

○仕様
 天地273mm×左右511mm
 印刷:高級美術多色刷印刷
 用紙:特漉鳥の子紙(書蹟/タトウ包み)

07

壮大な宇宙、はじまりの時

ところで空海は、命をかけて唐に向い、規則をおかしてまで帰国を早め、日本に持ち帰ろうとした密教と、どこで出会ったのだろうか。
伝記によると久米寺の東塔で「大日経」を感得したときであるという。その大日経二十巻を熟考し研究したノートが大日経開題である。
細字で書いた行書は文字の大小、墨の濃淡など種々で、書き込みは裏にもわたり、その集中力と気概が紙面に溢れている。

○仕様
 天地292mm×左右568mm
 印刷:高級美術多色刷印刷
 用紙:特漉鳥の子紙(書蹟/タトウ包み)

08

密教と「空」

般若経の中に収められ、般若心経とともに独立した経として広く親しまれる金剛般若波羅蜜経を、さまざまな角度から研究したもの。
空海は「書法にあっては最もその妙を得、張之(ちょうし)と名を斉(ひと)しくし、草聖を称さらる」といわれるほど草書に優れている。
さわやかに心に響く、のびやかな書風と草法のたしかさは、そのまま書法の手本となる名品。

○仕様
 天地276mm×左右566mm
 印刷:高級美術多色刷印刷
 用紙:特漉鳥の子紙(書蹟/タトウ包み)

09

伝教大師と弘法大師の出会い、そして別れ

帰国した空海は、福岡の観世音寺を経て、京都の高雄山寺(現在の神護寺)に身をおく。
そこへ最澄から密教経典の借用願が届くようになる。最澄は密教の価値を知り、師弟相承に重きをおく密教を学ぶため、空海から灌頂を受けることを決意する。そのときの名簿である。「一」に最澄の名がある。空海の意気込みを表すかのような打ち込み線と粘りが読み取れる。

○仕様
 天地286mm×左右575mm
 印刷:高級美術多色刷印刷
 用紙:特漉鳥の子紙(書蹟/タトウ包み)

10

風のように舞い降りた書信

空海と最澄はともに敬慕し交流を深めていった。
その間に交わされた書簡。なぜ、最澄宛の書簡が東寺にあるのかといえば、のちに東寺と比叡山の間で、開祖の書簡交換が行われたため。真蹟の伝存しない王羲之(おうぎし)書法の真髄を学ぶうえでも最適の古典。正統書法の達成があますところなく発揮され、入唐後に体得した新しい書法の対比も壮麗な芸術品。

○仕様
 天地288mm×左右550mm
 印刷:高級美術多色刷印刷
 用紙:特漉鳥の子紙(書蹟/タトウ包み)

11

「弘法筆を選ばず」 ――弘法は筆を選んでいた

用途に応じて楷書用、行書用、草書用、写経用と四本の狸毛筆を嵯峨天皇に献上した表である。
空海、橘逸勢とともに平安の三筆に称えられる嵯峨天皇は、書や漢詩を通じ空海への信頼を深めていった。高雄山寺にいる空海のもとへ劉希夷(りゅうきい)の詩集や王義之の書帖を献上するようにと勅命が届いている。空海もまた、自らの漢詩を揮毫し献上している。丁寧な筆遣いの楷書で、筆を選ぶことの重要性を伝えている。

○仕様
 天地207mm×左右267mm
 印刷:高級美術多色刷印刷
 用紙:特漉鳥の子紙(書蹟/タトウ包み)

12

狂逸の人

四十代半ば、空海は、高野山を密教の修行の地とし選んだ。空海の人生はこれより東奔西走の日々となる。
讃岐の満濃池の修復工事を完成させると、まもなく嵯峨天皇より建設途中の官寺、東寺を賜ることになる。この稀に見る大文字は、崔=(えん)の草書の筆の勢いになぞられて揮毫したもの。俯仰抑揚が発揮され、飛白や梵字にも通じる表現がみられる。現代書法の原点といえる名品。

○仕様
 天地228mm×左右575mm
 印刷:高級美術多色刷印刷
 用紙:特漉鳥の子紙(書蹟/タトウ包み)

※実際の商品とは若干色が異なる場合があります。

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